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憶がなく、家族を想像することすらできませんでした。一体自分は何者なのか、人を信頼するってどういうことなのか、実感として何もない彼には、人に自分の気持ちを伝えると言うのは、非常に難しい事だったのかも知れません。どこに居てもどこにも根を降ろしていない不安定さが彼にはありました。どうすれば、彼に安心感を与えることができるのだろう。たえず彼を抱きしめてやりたい思いに駆られながら、実際大きく成長した彼を目の前にすると、私にはそれができませんでした。彼は自分ではそういう事を意識している訳ではなく、私の思いとは別に、彼は見るからに、スポーツ万能の活発な男の子でした。
しかし、彼の引き起こす問題は理解に苦しむ事が多く、中でも私達を一番悩ませたのは、危険な物を持ち、人に向けるというとんでもない事でした。一つまちがえば大変な事になりかねない、ハラハラする行動が何度も繰り返されたのです。
ハサミであったり、カッターであったり、竹串の先であったり、時にはカナヅチであったり、少し考えればもっと小さい子どもでも危ないと解りそうな物を使って、彼は半分無意識で、友達の服を切ってしまったり、体をたたいてしまっていました。そ

 

 

 

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